2025/11/22

《第5回》理念を“定款”に込める──経営の原点は「なぜ」にある

《第5回》 理念を“定款”に込める──経営の原点は「なぜ」にある

会社をつくると、つい「どの制度が一番お得か」「どんな戦略で売上を伸ばすか」に意識が向きがちです。
けれど、長く事業を続けるために本当に欠かせないのは、専門知識でも戦略でもありません。
「自分はなぜ、この事業をやるのか」という、揺るぎない原点です。

● 経営理念・ビジョン・経営戦略──似ているようで全く違うもの

一般に、次のように整理されます。

  • 経営理念:事業の存在理由(Why/なぜ)
  • ビジョン:実現したい未来(Where/どこへ向かうのか)
  • 経営戦略:そのために選ぶ方法(How/どうやるか)

この順番を間違えると、事業は必ず迷います。
なぜなら、戦略もビジョンも「理念」という土台がなければ、何に向かって走ればいいのか分からなくなるからです。

● 「お金儲け」は目的にはならない

経営理念をつくるとき、もっとも避けたい落とし穴があります。
それが「稼ぐために事業をする」という発想です。

お金は結果であり、流れ込んでくるものであって、
事業の存在理由にはなりません。
しんどい時、お金を目的にしている人ほど先に折れてしまいます。

理念とは、「何を届けたいのか」「誰を幸せにしたいのか」「自分は何者なのか」を言葉にしたもの。
その言葉が、きつい時に背中を押し、迷ったときに原点へ引き戻してくれます。

● 自分らしい経営理念は、“自分史”からしか生まれない

理念を作る作業は、実はとても個人的で繊細な営みです。
なぜなら、それは自分自身を知るプロセスだからです。

・どんな時に人から感謝されたか
・何に心が動いたか
・つらかった経験から何を学んだか
・どんな人を助けたいと思ったのか
・過去の仕事の中で、一番誇りに思った瞬間は何だったか

これらはすべて、あなたの“自分史”に眠っている材料です。
理念とは、その材料を丁寧に掘り起こし、言葉という形に整えたもの。
自分が自分に向き合った証なのです。

● 定款は「理念の器」──事業内容のリストではありません

会社法上、定款には「目的」=事業内容を記します。
しかしこれは、単なる作業リストではありません。

目的条項の書き方ひとつに、会社の姿勢や価値観が静かににじみ出ます。
「地域社会の活性化に資する○○事業」「人と人のつながりを支える○○サービス」など、
理念を法的文書の言葉に翻訳するという工夫ができるのです。

理念が明確であればあるほど、定款の目的条項もぶれません。
そして、ぶれない定款は、会社の将来の選択肢を広げ、トラブルを防ぎます。

● まとめ──理念は、経営者を守る「羅針盤」

事業が順調なとき、理念の存在には気づきません。
本当の価値が分かるのは、壁にぶつかったときです。

理念がある会社は、迷わない。
理念がある経営者は、折れない。
理念とは、事業を長く続けるための「羅針盤」です。

そしてその理念は、あなた自身の人生からしか生まれません。
自分の歩んできた道を振り返り、「なぜ、この商いをするのか」を言葉にできたとき、
その言葉は、あなたの会社の定款を静かに、しかし確かな力で支え始めます。

文責:岩瀬薫子(行政書士)