2019/8/26

今日から小中学校がスタート!

今日から大阪市内の小中学校は始業式で2学期スタート。
吹田市もですよね?
夏休みの宿題で一番いやだったのは自由研究と読書感想文でした。
なぜ嫌いか
●自由研究→「研究」をする意味が分からなかった 「それ、研究?」
我流で何か「記録」をつけることを「研究」とは思えなかったのです。ひまわりとか朝顔とかの生育日誌とか、何かを顕微鏡でのぞいて絵を描くとか、とりあえず「やっつけた」気はしますが、結果のわかっていること、もっと精度の高いことをプロ(大人)が表現していることを、なぜ子供が拙いやり方でトレースしなければいけないのか?的なことを考えてしまい、まったく「ノレ」なかったのです。また、記録の「仕方」も見本があったわけではないですし(今のようにネットで調べるということもできなかったですしね。)、何にどう取り組むのがよいのか、皆目見当がつきませんでした。っていうか、図鑑にのっているようなことを、もう一度自分がやる意義がわからない。
ちなみに「調べる」は嫌いではなかったのですよ。どちらかというとマニアックでした。「科学と学習」にまったく興味がなく、「子供の科学」や「天文ガイド」などを眺めるのが好きで、ラジオ作りにトライしたり、星座や星の名前の由来をしるためにギリシャ神話など読んでいました。生意気で、早く大人になりたかった子供なので、期待値の高くない「課題」が苦痛だったのかもしれません。「そんなことで時間つぶされたくない」的に。

●読書感想文→「課題図書」がつまらなかった
カダイトショから匂う、いかにも「こどものための」的なところが嫌いでした(こましゃくれてる。。。。)。 また、「ドクショカンソウブン」とはそもそも何なのか、どんな構成で書けばよいのかわかりませんでした。読んでもなんの感想も感慨もない本をチョイスした場合など、お手上げ。
ですが、24時間テレビ「愛は地球を救う」の「手塚アニメ」の感想文は(自分の日記に)、自分でも何度も読める超大作を書きました(爆)。

ようやく中学校に入って、読書感想文の本は何を選んでもよくなってからは楽でした。感情移入しやすい短めの小説を選んで、読み手の「ウケ」を考えて構成する悪知恵(こらこら・・・汗汗)がつきまして、「野菊の墓」で校内読書コンクールで1位を取りました。「ねらって」たので、腹黒く嬉しかったことをおぼえています。中学生って「こども」じゃないですね(笑)。

・・・と、そんなことを、「今日から学校です」なニュースを夫と一緒にみて、うだうだとお互いの子供時代についてとりとめもなく話ておりました。